家族伝道?
死ぬ前に、なんとか❍❍さんが信仰を持つように、ってクリスチャンは願うようだが、
自分も同じ立場になって、なんか違うんじゃないかって、思うようになった。
もうすぐお別れする人を前にして、悔い改めるべきなのは、
私の愛する家族ではなくて
私自身なのではないかと。
父の放射線治療が終わるに当たり、今後の方針を話し合うため実家に帰る。
例のごとく、母と口論になる。
一体どうしてこんなに性格が違うかと思うくらい、考え方も好みも違う。
好みぐらいならましなのだが、母は私の顔を見ると、想像もつかないほどの量の愚痴を言い始めるので閉口する。
もう20年単位の事なので、慣れてしまって聞き流しているが、もーなんだか本当に洒落にならない位疲れる。それで、車の助手席に乗せられて、愚痴が始まったらノイズキャンセリングイヤホンで音楽を聞くことにしている。
帰るときには絶対に、絶対にipodを忘れてはならない。
ノイズキャンセリングイヤホンも。
世界の平和と精神衛生のためだ。
すべての道は、ローマに通ず。
すべての話は、愚痴に通ず。
凄まじきネガティブ精神の母。
で、今回もさんざん困った。
しかし、この段になって家族の協力なしに何かできるわけではない。
「さっさと帰りなさいよ、出て行きなさいよ!あんたがやってることは迷惑よ!」
と言われながら、神さまが繋げて下さった関係なのだから、忍耐。
でも、流石にうんざりして地域連携室の人や、地元の牧師先生に相談したら
「お母さんも、ケアが必要だと思います。お母さんに感謝の言葉をかけてあげて下さい。」
「お母さん、寂しいんですよ。娘にわかってほしいと思って、愚痴を言うんだと思います。理解してあげて下さい。」
と言われる。
母がヒートアップしていた中で、話していた
「あんたは、私がやってあげたこともなんでも当たり前と思って!
お父さんだからそうするんでしょ!」
と言っていた。
確かに、やってもらったことは当たり前と思っているかもしれない。
感謝はしているのだが、私がやって欲しかったことは、学校に送り迎えしてもらうことではなく
(それに、毎日送り迎えしてもらっていたのは私ではなく、弟である)
普通にご飯を作ってくれたり、洗濯だったり、そういうことだった。
高校時代お弁当は一度も作ってもらったことはない。因みにお金も渡してもらってないので、一体どうやって生きてきたのか分からない。
たまに、それでも小銭を持っていて、それは持たせてくれたのかもしれない、パンを買ったり、自分でご飯と梅干しを詰めていたことは覚えている。
洗濯物が、いつも不衛生で、❍崎に行ってから何もかも清潔なのに目を見張ったことがある。
普通に清潔だったら、それで満足。
まぁ、それでだ!
流石に10年前と違い、今は経験というものがある。
少しは家族を客観的に見ることが出来るようになった。
ここは、上手く通さなければならない議案というものがあるのだ。そのために、感情的に対処していてはいけない。
戦略的に…といっても、知恵がないのでとにかく助言してもらったことを実行してみる。
相手を理解し、耳を傾け、感謝するということ。
ゴキブリとネズミだらけの家。
毎夜、獣に襲われて鳴き叫ぶ鶏の声。
混乱、喧騒、怒と、泣き狂う母、秩序というものはまるで存在しない家。
を、受け入れて感謝の言葉をかけること。
できるわけねーっつの。
しかし、ここで役に立った、「牧師」顔。
すべてを飲み込み、「牧師として」、対処してみた。仕事スイッチだ!
こんなことに利用して良いのかわからないけれど、なるほどこれはスキルだ。
心だって広くなるし、穏やかになるというもの。
そして、驚くべき効果があった。
母が穏やかになったのである!!!!
ええぇぇぇぇぇーーーーーー(# ゚Д゚)!!!!!!
母「私が悪いのよね、みんなにそう言われるの。お父さんを止めることも出来ないし、甘いし。」
そうか、寂しかったんだ、母も。1人の人間として、ケアが必要なんだ、と思った。
そして、自分も反省した。
母を当たり前のように考え、利用していたこと。
父と同様に愛し、対応していなかったこと。
母は、娘からの愛情も欲しかったのだということ。
(さんざん本人が、娘は父親で、男の子は母親になつくんだ!という持論を振り回していたので、
そんなら、娘はどうでもいいのだろうと思っていた。)
帰るときには、
「もう、お父さんにお酒のませたらいけないわね。その方がいい。」と言っていた。
それも画期的なこと。
母には母の人生を歩んでほしい。
家族伝道というが、
家族に伝えるなんておこがましいことはなかった。
ただ、自分が家族に対してやってきたことを反省し、家族との関係を取り戻し、
謙遜になり、成長させられたと思っている。
帰ってきたら、信徒さんが教えてくれた。
「私もそうだったのよ。
お父さんも、お母さんも、私のために生きてくれたの。私がちゃんと、お別れできて、人間として成長するために、一生懸命生きてくれたのよ。私のために。
先生も、そうなのよ。お父さんとお母さんは、先生のために生きてくれてるのよ。」と。
私自身が、教えられる側なのだ。
人として成長し、より神の愛を知るものとして、変えられていかないといけないことを、家族の中で知った。