人生には -ライオンさんのこと 1
朝4時56分、目が覚めた。
目覚ましもかけていないのに、何故だろうと思った。
昨日だってよく眠れていないのに。
明け方の朝日が天井に青く差し込んでいた。
気持ちのよい朝だと思った。
この時、私は部屋に忘れた携帯に連絡が入っていることをまだ知らなかった。
時が、戻ってくれたらいいのに、と思う。
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私がここにこのようなことを書くのは、何か意味があるだろうか。
単に自分を落ち着かせるために書いているのだろうか。
思い出すだけで辛いようなこともある。
でも、覚えておくと、潰れそうになってしまうから、書いていこうと思う。
今は、辛いけれど、もしかしたら後で、何かを整理するときに、振り返ることが出来るんじゃないかと思うから。
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今朝、私を信仰に導き、大学時代ずっとお世話になっていた家のご主人が、亡くなった。
死因は転落死だった。
住んでいたマンションの、最上階から飛び降りたとのこと。
私が連絡に気がついたのは、11時20分頃だった。
ご主人は、私が住んでいた頃肉が好きで、それをもじって、「ライオンさん」と呼んでいた。
だから、ここでも「ライオンさん」と呼ぼうと思う。
(もうここで泣きそうです)
奥さんのTさんから送られてきた、「ライオンさん、めされました」のメールに何が起きたのか分からなかった。
折悪しく、携帯を忘れていた。こんなこと、めったにないのに。
手持ちのスマホ(いつもはネット専用)からラインで電話をかけようにも、番号がわからない。
しかし、一回も番号でかけたことがないのに、間もなく10桁の数字が頭に浮かんだ。
10年もかけ続けているのだから、どこかで覚えていたのかもしれない。
でも、神さまの助けであったと、振り返って本当に感謝している。
電波が悪い状況で、断片的に聞こえてきた内容は、余計に衝撃的なものだった。
死因は脳卒中か何かかと思ったのだが、そうではなく、飛び降りだった。
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悲しいという感情が起こらなかった。
鳩に豆鉄砲、という感じだった。
相当ショックだったのだろう。
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すぐに用事をキャンセルして、教会に引き返した。
何をしていいのか分からず、京都のKさんに電話をした。
帰らせてもらえるか分からなかったが、とにかくアドバイスしてもらったことを進めた。
思わずして、助けが入り、葬儀のため長崎に帰ることが出来る事になった。
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梅田から電車で引き返しながら、
「なんで、なんで」という言葉が頭を巡った。
「なんでなん、どうして自殺なんてするの。ひどいよ、ライオンさん。」と思った。
もっと電話かけてたら、良かったのに。
異変に気づけたかも知れないのに。
先週話した時は、2年前の誕生日にあげたジッポのライター、便利だよ、って話してたのに。
よく、使えるようになったねぇ、って話したのに。
ハガキも書いてたのに。
自分の存在を、ライオンさんの自殺を引き止めることが出来なかった、ということで、とても無駄なものに感じた。
そんな風に考えてはいけないと思ったが。
しかし、何より1番ショックなのは、近くにいる奥さんのTさんだと思った。
声はしっかりしていたけど、これからどれだけ苦しむかわからない。
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帰って、長崎に帰る手配をしながら、自殺遺族や、うつ病の自殺のことについてネットで調べまわった。
話には聞いていたけれど、自分のことになると、全然違う実感があった。
無力感や、自分を責める気持ち。
近くにいて、止められなかったという罪責感。
「ライオンさん、どこに行ってしまったんだ」
という思いが、何度か頭をよぎった。
ライオンさんは、もう何十年も前に洗礼を受けている。
教会で色々あって、行かなくなってしまったが、毎晩きちんとお祈りと主の祈りをしていた。
だから、きっと、今は天国で安らかにしていると思うけど、妙な気持ちだった。
朝まで生きていて、今は居なくなってしまった。
うつ病にかかって、20年近くだろうか。
ずっと心療内科にかかって、薬を飲んでいた。
ある、うつ病のページに、(うつ病で自殺した妻は)「一生懸命生きようとしていたんだ」と書いてあった。
ライオンさんは生きていることが、本当に辛かったのだと思う。
最近、自殺のことを、しばしば口にしていたようだ。
もっと電話をかけていてあげてたら、話をよく聞いていてあげれたら、
悔やんでも悔やみきれない。
無益な「もしも」論だと分かっていても。
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自殺によって、本人だけでなく、周りの数十人、数百人の人に影響があるという。
今自分が感じていることを、誰かに感じさせてしまうのだとしたら、自分は這ってでも生きていなければならないと思った。
こんな思いさせないように、死ぬ時は前じゃなくて後ろになるようにしないと。
辛くても、そのほうが、それだけでも愛する人々のために、自分が出来る事だ。
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ライオンさんは、一生懸命生きてくれたのだと思う。
遺体は、損傷がひどく、見ることは出来ないかもしれない、と母教会の先生が話していた。
明日の朝帰るが、一体どんなことに直面することになるのか、自分が耐えられるのか分からない。
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人生には、思わぬことが起こるものだ。
キリストの最後に裏切り者が現れたように、音のない暗闇が、空を覆う時がある。
理解できない沈黙が。
グレーゾーンの先で、何かが深まっていけば良いけれど、今は何も見えない。