前夜式 -ライオンさんのこと 5
1番恐かった対面を済ませ、安心したのか、少し落ち着いた。
そのうち、息子さんのご家族が合流された。
今日はひとまず前夜式のようなものを、ご家族と簡単に行うということにした。
Tさんの近くにご家族が付いて下さるので、私は前夜式の準備のためホールに出た。
たった一回でも、前任地で経験を積ませてもらっていて良かったと思った。
思い返してみれば、ライオンさん、Tさんの葬儀は私がやりたい、と前から3人で話していた。
しかし実際は、私はどこの任地にいるかわからないし、牧師としての経験も必要だし、長崎には長崎の先生がいるわけで、実際には叶わないだろうと思っていた。
しかし、悲しいことだが、こんな形で私自身の手でライオンさんの葬儀の司式をすることが出来て、本当に感謝しなければならないと思った。
ライオンさん、Tさん夫妻に私は貧しい時に拾ってもらって、命を与えられた。
その後もすねかじりなだけで、三十路にて家族を持つでもなく、まだ人生に迷い、心配かけっぱなしだった。
牧師なんて、何のことがお返しできるのかと思っていたが、
せめて、今回のことで心をこめて最期を見送ることが出来る。
この一つだけでも、牧師であって良かったのかも知れないと思った。
Tさんが、小さいけれども前夜式をするということで、教会の姉妹数名に連絡をした。
参列者が集まった所で、10人ほどの前夜式を行った。
賛美歌を歌い、聖書をMさんに読んでもらい、ライオンさんの思い出を沢山入れてメッセージを話した。
全ての衣服に入れたはずの、総計5枚ものハンカチが1枚も手元になかった。
プロは泣いちゃいけないだろう!と思いながら、手で鼻やら涙やら拭いながら、
メッセージの最後の一言は「すみません、ティッシュください。」だった。
数名の方がティッシュを差し出して下さった。
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40分ほどの前夜式は終わり、その夜は斎場でご遺族と、親しい教会関係者が残り食事をした。
長崎を離れて7年。
こんなにゆっくり懐かしい教会の人と食事ができて、嬉しかった。
Mさんも、業者なのか、教会関係者なのか、妙な立場だ、と笑いながら一緒に食事をした。
長年気になっていたライオンさんとTさんのご家族にお会いして、ちゃんとご挨拶して、共に過ごせることが出来て嬉しかった。
悲しいきっかけだったのが辛い。
どうして生きていてくれないのか、と思った。
更に教会関係者が訪ねてきて、対応しながら夜が更けた。
その夜は、私も遺族関係者として、斎場に泊まらせてもらった。