社畜の横移動 -社畜クリスチャン2

全く昇給の見込みなど無いどころか、生活保護以下の給与体系で、多くの宗教関係者達は働いているのではないかと思った。
献身とか自己犠牲とか、清貧とかいう美徳のもとに。
で、三十路の自分は思うわけなのだ。別にこれ宗教団体でなくても、外の社会でも同じかもしれない。
運営の方法には、大いに異議はあるわけだが、例えば平社員が会社の方針をどうこう言っても時間と労力が無駄なわけだ。
だったら、変えられるものを変えよう。
それは自分自身だ。
何の本で読んだか、忘れてしまったが、社畜にならないための方策は、横移動できる力を持つことである。
横移動、即ち、自分の決定で生活できる能力、経済力、ライフラインを持っておく、ということだ。
本職を辞めなくても横移動の力をつけることは出来る。
副業を持っているサラリーマン宜しく、稼ぐことが出来る仕事・能力、また貯蓄は立派な横移動の力である。
横移動できる、と思っていると、本業で何かあっても心理的余裕を持つことが出来る。
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自己啓発の本を読んでいて、気がついたことがあった。
この手の本というのは、何冊も読んでいると、大体同じような内容が出てくるのだが、それは自己投資の大切さである。
自分のスキルを磨くために、収入の1~3割を投資せよ、という人もいた。
会社でも、収益のかなりの割合を開発費に充てる。
維持費と人件費だけでは、同じことを続けることしか出来ない。
新しい商品を開発するためには、欠損も含めて開発費を確保しなければならないのである。
開発費は、投資であり、時には捨て金になることもある。
しかし、このリスク込みの投資がなければ、会社の未来=新しい資金調達の見込み、はないのである。
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話を元に戻して、低給与で生命維持だけの生活を過ごしていたとしよう。
多分こうなる。
新卒⇒給与があるだけでも有難い!
数年後⇒税金も控除をもらうのが当たり前の生活ってなぁ。税金だけで半分以上無くなっちゃうや。
食費と生活費でかつかつだ。
更に数年後⇒自転車操業の生活だ。転職するにも、そのお金もないや…。
こうして「社畜」が出来上がる。
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自己投資、または横移動できる貯金・強みがなければ、組織に依存せざるを得ない立場、「社畜」になっていく。
働けば働くほど、逃げられない状態になっていく。
長時間労働、自由なし、自己犠牲当たり前、住むところも、休みもろくにない。
こういった「弱み」を雇う側が把握していないわけはない。
立場が弱いということにつけこんで来る場面が沢山にあった。
学生の時は、「帰る所もないくせに」と言われた。
最近では、行く所無いでしょ、将来どうすんの、お金のことは聞かないけど、なども言われた。
詰まるところ、足元を見て、「どうせ離れること出来ないだろ。」的なことを言われる訳である。
(幸い、様々な方の助けにより、横移動の選択肢を与えられ、どうにかなりつつある!)
会社のもとで、組織のもとで、自信を失い、自由を失い、与えられた環境を受け入れるだけ。
それでいいのか、全国の社畜クリスチャン!
もちろん、自発的に動くことに対する保証など何もない。
かくいう自分もどうなるか分からない。
でも、せっかくの力を、若い力を、能力を「従うだけ」に費やさないで欲しいのである。
ただ涙するだけの生活なんて、そんな牧者から羊が勇気や希望をもらうわけがない。