パソコン教室で出会った紳士
パソコン教室にはいろんな人が来る。
ふと見ると、50歳位の人だろうか、長身で体格のいい、おじ様と言うにも勿体無い紳士が待合の椅子に座っていた。
何とも真っ直ぐで素直な目をした紳士なので、手に持ったステンレス製の杖と、両足の歩行具が不釣り合いに見えた。
たまたま自分が担当しているエリアの席だったので、後ろで時々様子を見ていた。
やっているのは初歩のコースだけれども、一手順一手順苦戦しながら進んでいる。
折々に声をかけていたら、そのうち積極的に質問してくれるようになった。
時間が終わりになる頃、呼ばれたので近くに行った。
少し前の手順すら、思い出すのが難しいらしい。
ようやく最後の手順を終えたら、その人は大きくため息を付いて、背もたれに寄りかかった。
何かに集中するのも一苦労という様子だ。
大丈夫ですか?と聞くと、どうにももつれながらという様子で、話し始めた。
「昔は、パソコンも使えたみたいなんだ。」
「と、言いますと?」
「あの、あの、脳の、脳の血が出て、本当に危なかったんだ。お医者さんに奇跡って言われたんだ。」
「脳内出血ですか?」
「そう、そう。」
「それは、それは、一体どれくらい前に?」
紳士は暫く考えこんで、ようやく、「7年前」と言った。
「本当は、もう死んでておかしくない、生きてても動けない、寝たきりだって言われた。
でも、今ここまで回復した。ここ(パソコン教室のビル)の上にね、後輩たちが沢山いるんだ。だから、たまに会いに来るの。」
ここの上、というと記者クラブとか、弁護士会とか、司法書士会とか、何かそういう事務所が沢山入っている。
この風格なら、もしかして何かの仕事の第一線でバリバリ働いていたのかもしれない。
「今は生活全てがリハビリ」
その紳士は少し笑って言った。
「インターネットが使えるようになったらいいな、って思ってね。」。
「うん、そうですね、きっと使えるようになります。頑張りましょう、後輩さんたちに元気な顔を見せて下さい。」
そう言うと、紳士はにこりと笑った。
ここで働き始めて1ヶ月。どこに行っても人は同じだと思う。
傷んだり、悩んだり、苦しんだり、笑ってたり、お喋りしてたり。
その生徒さんは体の機能も、記憶力も損なわれながら、それでも生きようとしていた。
思うままにならない身体、頭脳と格闘しながら。
生きる、という思いを一心に生きている。
そんな強さを、私も持ちたい。