信仰の確信が平安でなくなる時

神は存在するという根拠、

信仰の確信、を私は平安に置いていた。

 

でも、平安でなくなったとき、そして再び恐ろしいほどの虚無感に襲われたとき、

信仰の確信は無くなった。

 

神の臨在とは、私自身に生きる気力があり、心が安定しており、落ち着いていることだった。

でもそれがなくなった。

 

何に根拠を求めていいかが分からなくなった。

 

神を信じていても、不安におののくし、

努力しても無駄だという、蟻地獄に落ち込んだような気持に蝕まれた。

 

長い長い年月だった。

 

神に怒り狂ってみたり、不平を述べてみたり、じっと耐えてみたり、それでも踏ん張って、今日一日を生きる信仰を杖のようにして歩き続けた。

 

何度、信じることに疲れ、期待することに傷つき、霊的な空腹にただただ耐えるだけだった。

 

大きく開けた口を空しく閉じる。

 

聖書に書いてあることが間違いなのか、私の現実が間違いなのか。

 

祈っても願っても。