スピリチュアル・フォーメーションの聞く技術 2
はい、ちゃんと今日も書きます。
書いた後も宿題します。眠いオウ。
毎日眠いって言ってないか?
今日はスピリチュアル・フォーメーションのプリントの残り半分の翻訳ですね。
昨日、英語のReflectionをどうにも良い訳がなくて、熟考とか黙想とか訳していたんですけれども、「応答」に直しました。聞いたことに対して、どんな風に反応するか、reflection(反射、投影)するかという意味なので。もっと良いニュアンスがあれば、そちらで理解して下さい。
********(以下翻訳)**********
・応答と励まし (原文はReflecting and Encouraging)
・ 黙想、もしくは話し手が話している間に聖霊によって与えられた印象を共有する。
・ 共感する、相手の痛みを理解する気持ちで反応する。
(キリストが人々に対して憐れみ(compassion)をもって接していたことを心に留めること)
・ 話し手の痛みは、聞き手自身の人生に起きた出来事を思い出させることがあります。
・ 人の話を聞いているときに、聞き手は自分自身の体験について話し出す時があります。
しかし、誰かが話しているときに、自分自身の話をすることは、グループの注意を、話し
手が共有している話題から、自分自身に向けてしまうことになります。
・ 相手の話に集中するように。
・ 話し手を自分自身の視点から励まそうとしないこと
(Do not be prescriptive with your encouragements.)
・ 指示ではなく、共感の気持ちを示すこと。
・ 話し手を正そうとしないこと。他者の苦しみや涙は、私達にとって居心地の悪いもので
す。そのため、私たちは自分自身の居心地の悪さを解消しようとして、相手を正そうとし
たり、アドバイスしようとします。
・ 苦しんでいる人に対して、私達が出来る最大の贈り物は、私達の存在であり、共感する
ことです。
・ 神が話し手に対して何をされようとしているか、共有する
・ 神はどのようにして話し手を成長させ、恵みを与えようとしているか。
・ 神はその人に、その経験を通してどのような特性や徳、御霊の実、を与えようとしている
か。パウロは、しばしば書簡の始めで教会に対して励ましを送っている。
・ 神の国のために、神はどのようにそれらを用いようとしておられるか。
・ 話し手が共有した環境や出来事の中に、神の臨在があり、神が働いておられることを認
める。
「彼らがエリコを出て行くと、大ぜいの群衆がイエスについて行った。すると、道ばたにすわっていたふたりの盲人が、イエスが通られると聞いて、叫んで言った。「主よ。私たちをあわれんでください。ダビデの子よ。」
そこで、群衆は彼らを黙らせようとして、たしなめたが、彼らはますます、「主よ。私たちをあわれんでください。ダビデの子よ」と叫び立てた。 すると、イエスは立ち止まって、彼らを呼んで言われた。「わたしに何をしてほしいのか。」
彼らはイエスに言った。「主よ。この目をあけていただきたいのです。」 イエスはかわいそうに思って、彼らの目にさわられた。すると、すぐさま彼らは見えるようになり、イエスについて行った。」
新改訳、マタイの福音書20:29-34
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これだけで、一時間かかったよ!
多分、この内容だけを字で読んでも、一体どういうことだろうかと思う点が沢山あるかもしれません。
これは、実際にリトリート、修養会の内容が伴うことで、意味がわかってきます。
続けて、修養会での内容も、追って記事にしていきます。
そちらはまた次回にて。
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