スピリチュアル・フォーメーションのカウンセリング手法2 見えない

深夜2時です。毎晩こんな感じです。

スピリチュアル・フォーメーションの話の前に、私がどんな状況であったかを書いておく必要があるかと思いました。

教会を出て1年以上が過ぎました。

日曜日に礼拝出席するだけで、

また、教会で働く日が来るのか、全く先が見えない1年でした。

アメリカに渡り、目まぐるしい変化の中で、再び教会の働きに戻るように、神さまが導いて下さっているのかと思いました。

 

教会の中での、立ち位置が全く分かりませんでした。

変化に心情が追いつきません。

でも、きっと、何か大丈夫だと思いました。

また、新しい関係を作って、元に戻っていける、と。

こちらに来て暫くは、日本を発つ前に連絡を頂いていた近辺の日本人教会へ行きました。

どこでも、よく迎えて頂きました。でも、色々な方から、質問されながら、自分がおかしなことを言っていました。

「教会に戻れるのか、自信がない。」と。

私と教会の間には、まだ見えないガラスの壁があって、いいなぁ、と思いながら、私はやっぱりまだ立ち尽くしているのです。

一体、何が起きているのか、私には分からないのでした。

そう、去年の一年間も。

 

何かをつかもうとするのですが、目に見えているのに、実体がない、まるで幻影。

掴もうとして、手からすべり落ちていく砂。

 

まるで、モノクロのテレビでも見ているみたいな、心象。

 

一つの教会の先生の所で、日本人の交わりの時がありました。

心が大いにざわついていました。

牧師の先生が、沢山奉仕の場所はあるよ、と言ってくださいましたが、心が「だめだ」とブレーキをかけました。

教会は交わりの、コイノニヤの場所だから、交わりを通して成長する繋がり方をしなければいけない、と言われ、だめだ…と心が折れました。

いざ、教会に戻るとなると、思わぬ反応を始めたのです。

恐怖…の感触でした。

 

でも、一体何が自分の中に起きているのかが分かりません。

自分が誰なのか、私とは、一体誰であるのか。

実態のない砂のように、手からこぼれ落ちていくんです。

教会に行くと、感じるのは恐怖でした。

 

そのことに、自分自身が驚き、戸惑いました。

どうして、以前は出来ていたのに、今は出来ないのか。