Sanctification Gap 13 – 霊性神学 3

年末の日本人の集会で、お会いしたかった翻訳者の方に会うことが出来まして、翻訳のコツを教えて頂きました。
意味が分かっているなら、思い切って意訳した方がいい、と言っていました。
翻訳しながら、難しいなと思う点は、短い文章にぎっちり意味が詰められているということです。
それを、自然な日本語にしようとすると、すごく時間が掛かるし、本当に正確に文法を把握しないといけないんです。
正式な翻訳のときは、注意しないといけないのですが、とにかくまず、大筋を把握しないといけないんです。完成形でブログに載せようと思ったら、もう何ヶ月先になるかわからないし、その頃には力尽きて、丁寧に紹介できないと思います。
それで、このシリーズでは途中経過としてどんどん紹介していきますので、不自然な翻訳だったり、もしかしたら文のニュアンスを取り間違えることがあるかも知れません。
ただ、授業の要旨に沿って、大まかには間違えないように書きます。
正確な論文の翻訳は、これから何人もの人に協力をお願いして、認められれば大学サイトからダウンロード出来るようになるかも?なので、そちらを御覧ください。
出来ると信じます。信仰で!!!
じゃ、既にご紹介した部分と、ちょっと足した文を下にご紹介します。
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「信仰者がたどり着くべき、霊的な目標地点を自覚した時、実際の自分の生活とその目標の間には、大きなギャップがあることに、気がつくだろう。
信仰者としての目標は、多くの信仰者にとって明確である。即ち、キリストに従い、神と私達の隣人を自分自身のように愛し、御霊の実を結び、絶え間なく祈り、聖霊に満たされることである。
私達はこれらの福音を講壇から、また私達の教師から聞き、様々な信仰書、また黙想の中から学んできた。
しかしながら、私達のあるべき姿、また霊的であるために成すべきこと、そして自らの現状に気がつくと、理想と現実の間には、”霊的ギャップ”と呼ばれる差があることが分かり初め、欲求不満が始まる。
信仰者個人だけではなく、教会にとっても、どのようにしてこのギャップを埋めるのか、即ち現実世界での生活を、どのように神の恵みによる霊的な成長に結びつけるのか、という課題は切迫した問題である。
年を重ねるに連れて、私達の霊的な葛藤は少なくなってくるだろう、また成長しているように見せかけたり、自分自身の実際的なの精神状態を偽ることもあるかも知れない。
正直なところ、私達はどのようにすれば成長するのか、私達が長年やっていることは、本当に「命のいずみ」(ヨハネ7:34)であるキリストから出た結果なのか、知りたいと思っているのだろうか。即ち、私たちはどのようにすれば新約聖書に見る、新しい契約と聖霊による生活をすることが出来るのか、知りたいのだ。
多くの善良な信仰者は、聖書を学びながらも、根底では理想的なクリスチャン像には程遠いと思いながら、単に「成熟した霊的初心者」になるために、毎週教会に通っている。魂の深いところでは、彼らは、本当に成熟したキリスト者となれるのか、半ば疑問に思っているのである。
信仰者の霊的な理想と現実の間のギャップを埋めるために、霊的形成運動とそのムーブメントの支持者が現れた。霊的形成の運動は緩やかで、静かなものだったが、この運動を誤って理解した神学者や牧師からは、霊的形成の理論や、修練は神学的に無知で、間違った理論に基づいており、信仰者を誤った方向へ、律法主義にさえ迷い込ませるものだと批判した。」
引用:John Coe ”Spiritual Theology: A Theological-Experiential Methodology For Bridging the Sanctification Gap” 5,6p.
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こんな感じでしょうかね、今日は。
スピード重視で意訳気味で進みますので、ご了承下さい。
英語のままで理解できても、日本語にしようとすると、とても難しいということが多々あります。
ではでは、お休みなさい。