霊的形成のクラス(2017 Spring) 12 – 猫に話しかける

色々と断片的に見え始めたことがあっても、まだこれだというものがつかめなかった。

回復の糸口が見えない。前から何人かの人にカウンセリングを勧められていた。受けられたらいいなと思う。なんでも、一人では取り組むのが難しいのだそうだ。大学には、クリスチャン専門のクリニックが付いている。

でも、とにかく、何か手掛かりが欲しい。もう、何日もかけて取り組み続けていた。
同じような経験をした人の経験や、治療法をサイトで観察し続けた。

その中に、ゲシュタルト療法というものがあった。なんでも、辛いときの心境に戻って、その時に感じていたことを話すというものだ。

この日は、知り合いの人に頼まれて、猫のお世話のためにその人の家に泊まることになっていた。飼い主の方は、不在なので、私がその方の猫の面倒を見る。

物は試しで、なんでもいいからこのゲシュタルト療法というものをやってみようと思った。
あんなに心理学なんて誰がやるかと息巻いていたのに、自分は素直だ。

空いている椅子を見て、自分が話し語った人や、その当時の自分を思い浮かべて、その時の気持ちになって会話しようとしてみる。
…でも、うまくいかない。気が付くとぼんやり考え事をしている。既に何時間も。

ふと見ると、すぐ横に猫がいた。猫は私の目線の高さの棚に座ってこちらを見ている。
胴長短足の(ごめんなさい)大きな雄猫で、もう13歳なので結構な年だ。手足がむっちりと大きい。

猫先輩に話を聞いてもらうことにした。

「猫先輩、私はあなたの2.5倍ほど生きていると思うんですが、悩んでいます。
家族のことがよく分からないんです。家族のことを、愛したいと思っているんです。クリスチャンなら、それが当たり前だろうって。
でも、考えれば考えるほど…私は愛されていたのでしょうか。私は家族に依存していますか?
もう、長崎のクリスチャン夫妻に十分愛してもらったから、私はもう沢山愛情を受けたと思うんです。」

猫先輩は、怪訝な顔でこちらを見ている。

「…そうですよね、猫先輩アメリカ生まれだから、日本語分からないかもって思ったんですけど、何とかなりそうな気がしたんです。今、ゲシュタルト療法っていうのがいいっていうから、試してみたんですけど、空っぽの椅子を前にして話しかけても、何にもイメージがわかないんです。
猫先輩はそこにいるから。一体だれを想定して話せばいいんですかね。
家族のことに、教団が重なっているとしたら…。」

猫先輩は前肘をついて、パチパチと瞬きをした。

「猫先輩…私は信徒さんたちのことが大好きで、ここまで頑張ってきました。その人たちのところに戻れないとなれば、トラウマを再発させる可能性が大きいとしたら、私は一体どうすれば、一体どこに向かえば、何もないんです。どこに向かえばいいか、分からないんです。」

猫先輩は丸くなって寝てしまった。

「猫先輩、いいんですよ、それでも、空っぽの椅子に向かって話すよりいいんですから。私は一体どこに向かっているんでしょう。一体何に取り組んでいるんでしょう。分からない、分からなくなってしまった。」

暫く猫先輩に一方的に話し続けた。空っぽの椅子を見つめた。

誰に話しかけたらいい?思い出せない。一体何があった?自分は何をしていた?
学校のこと、当時の友達、来ていた服、持っていたもの、担任の先生、色々なことを思い出そうとした。

疲れてソファーに横になった。

食べる気がしない。もう夜の10時になろうとしているけれども…。この感じは似ているなぁ、昔の、あの頃の。

感情を確かめる。笑ったり、喜んだりは出来る。でも、何かが。
その時、ふと誰かが椅子のところに座っている気がした。

自分だ、小さな頃の。

「大丈夫?どうしてるの?楽しいことはある?」

「楽しいことは分かるよ。ところであなた誰?」

「…えーと、イエスさまのお手伝いです。」

「そっか。良く分からない。でも、いいや。」

「君、喜んだり、楽しんだりは出来るね。…怒ることはできる?悲しいとかは?」

「…それは無理。」

「どうして?」

「だって、意味ないから。怒っても何にも聞いてくれないし、悲しいなんて感じたところで、何も変わらない。ずっとずっと、辛いだけだよ。」

ドスン!と音がして、びっくりして目が覚めた。何かに踏まれている。
目を開けると、猫先輩が大きな目で、私をのぞき込んでいた。

12時だ。猫先輩の体重が二本の前足に集中して肋骨とわき腹が痛い。
猫先輩は私が起きたのを見ると、自分の寝床に行ってしまった。

自分も寝ることにした。

…ヒントをみつけたぞ、あいつ(昔の自分)は喋る。