祭司の悲しみ

著作者:Nikola Ostrun 提供:GATAC

思うんですね、

私は疑いも、悲しみも否定しない。

それが私の霊性ですね。

私は一番弱いものとして苦しめばいいと思っているんですね。

信仰の最底辺の者として。

 

信仰のリーダーだから強くなければならないと思いますか。

 

そうですね。

 

強くあり、かつ弱くなければいけませんね。

群れというのは、一番遅い者のペースで歩かないといけないんです。

強い者のペースで歩いたら、ばらばらになってしまうんです。

 

私が知ることが出来る一番最低なレベルとして、自分の弱さに付き合います。

私が最低になることで、私は多くの人の苦しみを知ることが出来ます。

祭司というのは、そういうことではないですか。

 

祭司は民の苦しみを、共に痛む人ですよね。

民族の痛みを自らの痛みとする人です。

祭司は、個人として生きているのではないのです。

 

個人の中で、共同体の痛みを経験する人です。

民族の夢を生き、民族の一部として未来に託す人です。

だから、しつこく、格好悪く、無様に生きます。

 

どんなに、失望しようと、されようと、諦めません。

私の弱さは、沢山の人の希望につながります。

我々の痛みは、沢山の人の笑顔につながります。

共同体としての霊性を、身に付けます。

祭司は強くなければなりませんか。

 

逆ではないでしょうか。

 

私達の主キリストが弱かったように、

 

私たちは弱さへと下っていくのではないでしょうか。

 

強くなっていくのではなく、

痛みを理解するようになるのではないのでしょうか。

そうして私たちは、あらゆる失望の中に希望の花を見つけられる、

良いリーダーになっていくのではないでしょうか。