先生と私の最後の日 6 – 最後の日

滞在期間を10日ほどは取っていたが、時はあっという間に過ぎた。

帰るつもりはなかったが、長崎から帰ってこいと連絡があったので、飛行機の予約を変更しもう1週間日本の滞在を延ばした。

だとしても、先生のところを離れる日は近づいていた。

台風が来ていた。

快晴と湿気の多い曇り空。

先生が、あとどれくらい命があるのか分からない。

あと数日なのか、数ヶ月なのか。最後のときに居合わせたいと思ったが、しかしそれは、先生の死がくることを願うということになる。何をどう思って良いのやら。

ひとまず、長崎に移動し、また帰り際に立ち寄ろうと思った。

最後の日でも、別に何をするでもなかった。ぐっすり眠っている先生の側にいるだけだった。

夕方、帰り際に先生は目を覚ましていて…手を天井に向けて何かを探しているようだった。

もしかしたら、手を降っていてくれていたのかも知れない。かつてのように。

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長崎になんとか帰り着いた。どうやって、帰ったかあまり覚えていないが、飛行機だったのは確か。

ライオンさんが亡くなって、もう3,4年が経過しようとしていた。

帰るたびにがらんと広くなった家が切ない。

花で溢れていたベランダには何もなく、ライオンさんが好きだったレコードの棚も処分され、そこにライオンさんの遺影が飾られていた。大好きだったタバコ、セブンスターだったような気がする、そして私が誕生日の記念に贈ったZippoのライター。

Iさんのところに、かつてのように、一緒に居て、できる限りの時間を過ごした。

帰ってきて、何で書けなかったのだろう。何年も。もちろん忙しいということはあったが…書き残しておきたいという気持ちはあった。

でも、書けなかった。