先生と私の最後の日 5 – 訪問客

1週間ほど、ずっとベッドのそばにいた。お昼ぐらいから、午後5時くらいまで。看護師さんの邪魔にならない程度の間。

その間、よく来客があった。

多くは先生が所属しておられた神学院教会の教会員、そして、教団の牧師だった。

久しぶりに、病室で鉢合わせする先生方もいた。まぁ、私は特に話すこともなかった。

某教会へ転任となり、休職している状態でもう、教団からは切り離された人間なので、変によそよそしい壁を感じるだけだっった。

なので、誰かが来たら帰るようにしていた。

ひょんなことから、ある先生と繋がりができていたので、その先生とは病室でもよく顔を合わせていた。

先生はほとんど眠っていることが多かった。

ベッドの柵越しに先生を見ていた。

何時間経っていても、長いと感じることはなかった。

どうやら、先生はよく集会に出ている幻を見ているようだった。

「あなた、そこの畳の隙間に、なにか落ちているでしょう?拾えますか?」

「何も無いようです、先生。大丈夫です。」

と答えると、しばらくきょとんとしていた。

「そう…。」

畳ということは、おそらく、先生が雪ヶ谷というところで伝道をされていたときの情景なのだろうか。

それとも、神学院の女子寮なのだろうか。

オルガンがどうとか、話していることもあった。

先生は本当に静かだった。

98歳の、認知症や寝たきりの方となると、おむつや、うめいたり、叫んだりすることもある。

先生はそんなに認知症ではないと思うのだけども、意識が朦朧としているという具合だった。

診断についてはよく聞いていない。

がんがしばらく前に見つかっていたと少し聞いたような覚えがある。

もしかしたら、手術が難しいため、そのままにしてあったのかもしれない。

アパートは、入院とともに引き払われたと聞いた。だから、入院した時点で、もう帰ってくることはないと判断されたのだろう。

それにしても、直前までアパートで一人暮らしをしていたことを考えると…生活はできていたのだ。

急激に弱っていて、ホスピスにも入っていなかったということは、がんが直接の原因ではないのかもしれない。

腎臓の機能か、なにか臓器の全体的な衰弱のように見えた。