2025年 Wisdomリトリート(8日間) – その2 センタリングプレーヤーの成り立ち

Wisdom : Returning to Basics

With Fr. Bill Sheehan, Holy Retreat Center, July 20-27, 2025

リトリートのスケジュールはほぼ毎日同じ(次の記事で書きます)。

毎朝1時間の、session(小さなクラス)があり、Fr.Billからのレクチャーがあります。そこで学んだことを、ここに記します。
新しい情報が多かったので、私の理解力と、できる限り調べた中で書きます。


神父や修道士という敬称は、私は詳しくないため、間違えると良くないので、年代によって不明確な場合は省きます。言及するトーマス・マートン、トーマス・キーティング、ウィリアム・オースティン・メニンガー、バジル・ペニントンは、全員トラピスト派の修道士です。

ビル・シーハンは、センタリングプレーヤーやクリスチャンの歴史の中で観想的瞑想の再興に取り組んだトーマス・キーティングの弟子。トーマス・キーティングは1975年ニューメキシコのラマ・センターというところで12人の人を招きリトリートをもった。その時の参加者はトーマス・キーティング伝えるContemprative prayer(観想的瞑想法)を広める中心的なメンバーになる。その中に当時30代なかばの若い修道士、ビル・シーハンがいた。関係している指導者はほぼアメリカのカトリック、トラピスト派の宗教指導者たち。リトリートの主催関係者(司祭やシスター達)、カトリックの参加者に聞いてみた所、このような霊的修練の方法はカトリックでも少数派である、一部の人の間で取り組まれているということ。

キーワード

センタリング・プレーヤー(Centering Prayer)ーウィリアム メニンジャー神父、M. バジル ペニントン神父、トーマス・キーティング修道院長によって、マサチューセッツ州スペンサーのセントジョセフ修道院で生まれた霊的修練の一つ。

トーマス・マートン (Thomas Merton)ー1915~1968年。フランス生まれ、タイにて没(53歳)。修道名M・ルイス。アメリカのトラピスト修道士。キリスト教神秘主義者。エキュメニカル運動の機運が高まる時代、宗教間の理解を熱心に伝え、仏教や禅の指導者たちと対話した。ダライ・ラマ、日本の仏教、禅の研究者鈴木大拙など。特に禅に大きく感化を受けた。

トーマス・キーティング(Thomas Keating)ー1923~2018年。アメリカ生まれ。アメリカのトラピスト修道士。センタリング祈りの主要な開発者の一人として知られるアメリカのトラピスト派の司祭。1984年、コンテンプラティブ・アウトリーチ社を設立。

ウィリアム・オースティン・メニンガー( William Meninger)ー1932~2021年。アメリカのトラピスト派司祭。観想的祈りの方法であるセンタリングプレーヤーの主な開発者。1974年、メニンガーは観想瞑想(後にセンタリング・プレヤーとして知られる)のワークショップを開催した。許し、エニアグラム、聖典、そして祈りに関するワークショップも開催。

バジル・ペニントン(Basil Pennington) ー1931~2005年。アメリカのトラピスト派の司祭。1970年代に始まったセンタリング・プレーヤー運動の主要な提唱者の一人。積極的にセンタリングプレーヤーを広めるために活動した。

厳格シトー修道会、別名トラピスト会 (Ordo Cisterciensis Strictioris Observantiae)ー1098年に起源を持つ。ローマカトリックの修道会。厳格な生活様式、祈り、沈黙を中心とした修道院生活を送る。全世界に160ほどのトラピスト会の修道院がある。


参考にした記事

「トマス・マートンは信頼できるか?(“Can You Trust Thomas Merton?”) 」By Anthony E. Clark  5/1/2008

https://www.catholic.com/magazine/print-edition/can-you-trust-thomas-merton

「ビル・シーハンと、静寂を求めて(”Looking for silence with Bill Sheehan”)」 By margeryeagan Apr 15, 2015

https://cruxnow.com/faith/2015/04/looking-for-silence-with-father-bill-sheehan


センタリング・プレーヤーは、霊的修練の一つとして、知ってはいた。しかし、調べるとかなりの情報が出てくるため、もう少し知りたいと思っていた。

このリトリートの主催者が、センタリングプレーヤーの提唱者トーマス・キーティングにつながっているものだとは全く知らなかった。

リトリートの中でのセンタリングプレーヤーは、毎回20-30分、最初に祈りの開始と終わりに鐘が鳴らされた。

最初は、意識をどう持っていくものなのか、分からなかった。一応のことは知っていたが、何の説明もなく始まるので、とりあえず分からないままその場にいた。

あぁ、そう言えば、参加要項にセンタリングプレーヤーについて理解がある方とか、書いてあったっけ…と思いながら居眠りを挟みながら、最初の数回を終えた。

振り返れば沈黙も、黙想も、誰に教わるでもなく、日本にいたときから祈りの中に入っていた。自然と、良い方法が与えられていたのかも知れない。

今回は、こうやって教えて貰う機会をいただいた。ありがたいことだ。

ただしかし、センタリングプレーヤーを開始するときの楽器に非常に違和感を覚えた。なぜなら、それは、仏壇の前にある「鉢」だったから。禅やヨガでも使われるのかも知れないが、私の記憶の中ではそれは、祖母の家の仏壇の前にある「鉢」だった。

「あれっ?鉢だなーなんでわざわざあれを使うのか????」

聞き慣れた「チーン」という音は、祖母の念仏を毎回想起させた。


朝のセッションでは、デボーションのようなことが話されるのかと思ったが、センタリングプレーヤーの歴史を思わずして聞くこととなった。と、いうのも、指導してくれるFr. ビル・シーハンは、トーマス・キーティングの弟子で、どうやってセンタリングプレーヤーが始まり、広められていったかということを実体験として話してくれたから。

トーマス・マートンも、トーマス・キーティングも知ってはいた。霊的形成の祈りや黙想の指導者のようだ、というくらいの知識で、いつか本を読んでみようかな、くらいの。

こちらの記事では1975年にトーマスキーティングがラマで2週間のリトリートを開いた、それがセンタリング・プレーヤーが広まる契機となる出来事だと記されている。

”Thus, in 1975, Centering Prayer was born. Sheehan met Keating and the prayer just a few years later. Keating was wondering then if laypeople, not just nuns and priests, could move into this tradition and invited Sheehan to join a small group at a 14-day retreat at the Lama Center in the mountains of New Mexico.”

「ビル・シーハンと、静寂を求めて(”Looking for silence with Bill Sheehan”)」 By margeryeagan Apr 15, 2015

https://cruxnow.com/faith/2015/04/looking-for-silence-with-father-bill-sheehan

私がビル・シーハンから聞いた時の記録では1983年にトーマス・キーティングが、ビル・シーハンをラマでのリトリートに招いたと記録している。

もしかすると、2回かそれ以上あったのかも知れないが、私が聞いた中では、ビル・シーハンは30歳半ばで、キーティングの感想的祈りのリトリートに参加し、人生を変える体験だったと話していたと記憶している。

現在ビル・シーハンは80代のため、逆算すると、1980年代(50年前)、ビル・シーハンは30代になる。1975年では彼は20代中頃となる。20代では少し早いのではないだろうか?少なくとも、ビル・シーハンは30代中頃だったといっていたことは記憶しているので、彼は30代の中頃にトーマス・キーティングのリトリートに参加したのだろう。

ビル・シーハンは全く本も何も記していないため、細かい情報がないのだが、とにかく知っている限りを残しておく。

ビル・シーハン「トマス・キーティングは彼の活動を始めるときに、12人の人を選び、ニューメキシコのラマで3週間のリトリートに招きました。その中に私もいました。屋内には電気も水道もない、夜にはロウソクを使いました。イエス・キリストは40日間、荒野に居たと聖書に書かれていますが、まさにそのような経験でした。…その後、センタリングプレーヤーを広めるための組織が設立されました。そのアドバイザーとして私も関わっています。…振り返れば私は、センタリングプレーヤーの始まりの時から、貴重な輪の中に加わらせてもらっていたのでしょう。」

私の記憶ではそのように話されていた。

これが2日目辺りのセッションだった。最初のセッションではトーマス・マートンの説明で、あーなんか聞いたことあるな、という感じだったが、2日目からまるで生きている歴史を眼の前に見ているようで驚いた。

毎日セッションが終わるたびに部屋に帰るとせっせと、聞いたことを理解するための調べ物をした。

リラックスするためのリトリートはどこかへさようなら。